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3390年 「少女」


簡単な仕事だった。馬車に揺られながら、シェリは今回の仕事を思い返す。
依頼人の手引きで使用人として潜り込み、頃合いを見計らって対象の食事に毒を盛る。それだけだった。
彼は今際の際に何を思ったのだろう。家族のことか、信頼していたであろう依頼人のことか、ただ毒に苦しんでいただけか。
しかし、どれもシェリにとってはどうでもいいことだった。
今回のように下準備が整っているケースは多くない。
泣いて無様な命乞いをする者、剣を手に取り最後の足掻きをする者、大金を積んで寝返りを提案する者もいたが、暗殺者たるシェリは主の命に従うのみであり、いずれも無駄なことだった。
グランデレニア帝國、ルビオナ連合王国、マイオッカ共和国、ミリガディア王国、インペローダ。人間同士の争いが絶えない曙光の時代(ドーンライト・エイジ)において暗殺需要が絶えることはなく、報酬さえあれば何処へでも暗殺者を派遣し、誰でも始末する。シェリの主もその一人だ。
老齢の紳士然とした風貌の主は、落ち着き払った声で言う。
「こちらが今回の暗殺対象となります。よろしくお願いします」
主が対象の写真と資料をシェリに渡す。そこに写っていたのは年端もいかない子供だ。思わず主の顔を見返す。
「気乗りしませんか?」
あくまで柔らかい口調で、主はシェリへ語り掛けた。
「いいえ。やります」
「そうですか。では、改めてよろしくお願いします」
夜、拍子抜けするほど簡単に侵入できた。
広い屋敷の一室で黒い犬を抱え、怯えた表情の対象を確認する。
「おねえちゃんが、ころしやさん?」
「このこはころさないで」
既に自らがどういう立場なのか察していたようで、抵抗する様子はない。ただ、犬の命は惜しいらしい。
黒い犬が吠え出す。
シェリは何も答えぬまま対象を見据えてナイフを取り出し、構える。
構えるが、振り下ろすことができずにいた。そう逡巡して立ち尽くしているうちに、部屋の扉が開いた。
「動くな!」
遅まきながら異常に感づいた警備達が、銃を構えてシェリに警告を出す。
「お嬢様、こちらへ」
対象が警備達の元へ走る。警備の後ろに隠れ、こちらを窺うように顔を出す。
シェリは失敗してしまったことを悔やみつつも、心の何処かで安堵していた。
逃亡ルートの算段をしている時、室内に発砲音が響いた。
シェリが殺す筈だった、警備達が守る筈だった子供が倒れている。
「嗚呼、憐れお嬢様は流れ弾に当たって死んでしまわれた」
警備の一人がわざとらしく声を上げる。
「腕の良い奴を雇ったと聞いていたが、ガキも殺せないような三流とはな」
シェリはおおよその現状を理解した。容易く侵入できたのもお膳立てされたが故。なんとしてでも事を成し遂げたかった依頼人は、更に保険を掛けていたのだろう。
おそらくは、最低でも賊が侵入したという事実さえあればよかったのだ。
「もちろん、そんな三流にも死んでもらおうか」
シェリは窓へ向かって駆け出す。警備達が放つ銃弾が体を貫くまで立ち止まっている場合ではない。
どうにか辿り着いた窓から飛び出し、闇夜へ逃げる。警備達が追ってくる様子はないようだ。
屋敷から黒い犬の鳴き声が響き続けていた。
 
翌日、シェリは事の顛末を主へ話した。
「そうですか。そんなことが……」
「しかし、あなたが無事でよかった」
主は優しく笑いながら答えた。
「失敗は誰にでもあります」
「とにかく今は、傷を治すことだけを考えてください」
 
シェリの自宅前に、薄汚れた黒い犬が倒れていた。
死んでいるようにも見えたが、シェリの姿を認めると立ち上がり、唸り声と共によろよろと近づいてくる。噛み付いてくるようにも見えた黒い犬は、シェリの手前で再び倒れ込んだ。
鬱陶しく思ったシェリは、ナイフを取り出して犬へ投げつけようとするが、ふと、子供に抱えられていた犬を思い出し、手を止める。
あの時の犬がやってきた、とは思い難い。それでも何かしようとする気にはなれなかった。
翌日になっても薄汚れた黒い犬は同じ場所にいた。もうシェリを見ても唸り声を上げることはないようだ。足で払うが動いてくれそうにない。気まぐれで残飯を与えてみると、貪るように食べだした。
政治家、軍人、貴族、王族、富豪……。命じられるままに依頼をこなしていく。それまでと何も変わらない日々だったが、自宅前には薄汚れた黒い犬がいた。
ある日、シェリが戻ると犬は死んでいた。
飼っているつもりはなく、愛着もなかった筈だった。
たかが犬一匹、消えていなくなろうとも、どうでもいい筈だった。
ただ、シェリの目からは涙がこぼれ落ちていた。
犬の傍に立ち竦むシェリの元に主が現れた。
「あなたの犬ですか?」
「いいえ」
そう、飼っているつもりなど別に無かった。ただ一緒にいただけだった。
「悲しいのですか?」
主の問い掛けにシェリは無言だった。
「その犬、いただけますか?」
主の命である上に、死んでしまった野良犬なのだから断る理由は無い。
「誰かに必要とされることは、何物にも代え難い」
そう言葉を残して、犬の死骸を抱いた主は去っていった。
たかが犬一匹、消えていなくなろうとも、どうでもいい筈だった。
 
「困りましたね」
「我々の仕事とて必ず成功するものではありませんが」
「本来のあなたはそんなものではない筈です」
「次こそは失敗しないと信じています」
主の言葉がシェリの頭の中を反芻する。あの犬がいなくなって以来、仕事を失敗することが多くなってしまった。
何の躊躇いもなく振るえていたナイフの切っ先が鈍ってしまう。対象を始末することで喜ぶ依頼人がいると同時に、悲しむ誰かがいるという、当たり前のことを知ってしまった為だ。
暗殺を行う為に教育されてきたことは知っていたし、かつては自らの存在意義だと信じて疑わなかったが、最早それが行えなくなっていることに気が付いた。今さら別の生き方ができるとも思えない。
他者を殺める為だけに使用してきたナイフを取り出し、自らの手首を斬りつけた。
血が大量に流れ続け、徐々に意識が遠のいた。
「―了―」

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